飛ッ石~Hisseki

日常から生まれた筆跡を、飛び石のように置いて歩いていきます。目的地は不明。

ある大物女優との出会いを通して学んだこと①

私があるミュージカル劇団の制作という仕事に就いていた頃の話だ。入社する前は、「制作」というからには、なにかクリエイティブな仕事なんだろうなと思っていた。確かに、そういう面はあったが、基本的には、社長やプロデューサーの下で、調整役から雑用まで、あらゆる裏方の業務をやる感じだった。しかもほぼひとりで・・・。

 

一番最初の仕事は、あるテーマパークで劇団がショーをやっている裏で、そのテーマパーク内にカフェバーのようなものを立ち上げるというものだった。え・・・と思ったが、まぁ仕事なので。店を管理するのは自分で、元劇団員で今は役者をやっているという方が主に接客を手伝ってくれて、あとは六本木から超絶イケメンのハーフのバーテンダーが呼ばれバーカウンターの中に入った。

 

経営知識もないし、接客経験さえない私だったが、なんとか日々の業務をこなしていた。その大物女優に初めて会ったのはその頃のことだ。

 

カフェバーにはステージがあって、そのテーマパークに客がドカンと来場する連休などは、芸能人がショーをやるイベントが開催される期間になっていた。その日は、世界的に有名な日本人女性イリュージョニストがショーをやる日だった。

 

余談だが、そのイリュージョニストは、私のような者がすれ違うことさえ許されないお方だった(笑)

実際にそういうルールがあるのだ。夜にイベントが終わって、カフェバーの店内でひとりで後片付けをしていると、SPのような男が近づいてきてこう言う。

 

「申し訳ございませんが、○○が控室を出てここを通るので、見えない位置にいてもらっていいですか?背中を向けていただくだけでもいいので」

 

ビックリしました。もう、それ神じゃないですか。もしくは殿様?いや、姫か。私のような市民はプライベートで目を合わせることを禁じられるんですから。ただ、嫌な気持ちにはまったくならなかった。そのSPの方の雰囲気からか、すごく自然に受け入れることができたのだ。次元が違うと、そういうもんなんだなぁと。逆に、マネージャーも連れず近づいてきて、労いの言葉をくれた大物芸能人もいらっしゃった。そこにもまた実はひとつのストーリがあったんだけど、別の機会にでも書こう。

 

話を戻すと、そのイベントの日に、社長にこう言われた。

「今日、女優のNさんが来るから気をつけといて」

 

なにを気をつければいいのか分からなかったけど、とりあえず言われた通り、いい感じの場所に席を確保しておいた。

 

席は売り切れ。会場には次々に客が押し寄せる。そんな中、私はひとりで入口のレジで、チケットの確認と当日受付のお金のやりとりをしていた。席は自由だったので、「空いている席にどうぞ」といった感じで、なんとか捌いていた。そこに女優Nは現れた。

 

「お待ちしておりました。席は確保しておきました。あちらに案内の者がいるので・・・」

と言いかけたときに、食い気味に、「案内してもらえるかしら」と言われた。

 

んー。今ひとりでお客さん捌いてるんだけどなぁ・・・と思いつつ、断ることはできないので、他の客を待たせてNさんを席に案内した。それが初めての会話だった。

 

そんなにたいしたやりとりでもなかったけど、さすがに女優というのはすごいなと思った。特別なんだなと。しかし、それはほんの序の口にすぎなかった。

 

そのカフェバーは数ヵ月で閉店になった。経営上の問題というよりは、役割を終えたという感じだった。もともと長く続けようとは思っていなかったんだろう。

 

ミュージカルの制作という仕事に関しては、そこからが本番だった。ついに劇団と合流したのだ。カフェバーをやっている間も、こんなにいろんな業務をひとりでこなさなきゃいけないのかよと思っていて、社長に人を増やすように交渉もした。まぁ実現はしなかったが。しかし、劇団と合流してからはそんなレベルじゃなかった。

 

劇団員の中にも、同時に裏方を担当している役者が何人かいて、その方たちもだいぶサポートしてくれていたけど、そこでも制作という部門には、私ともうひとりしかいなかったのだ。そこにはあらゆる仕事があった。

 

劇団員の管理、舞台監督や音響・照明・演出部スタッフとのやりとり、主催する全国のテレビ局や新聞社とのやりとり、フューチャリングする芸能人やマネージャーとのやりとり、パンフレット・テレビCMの制作などなど。舞台で使うドライアイスの手配から、テレビ局の局長との打ち合わせまで、大小数えきれないほどの仕事があって、完全にカオスだった。芸能人を後部座席に乗せながら、5分ごとに全然違う領域の人から電話が入ってくるような状態だ。ときには素人の私が、プロデューサー不在の際に劇団員の演技にダメ出ししなければいけないようなこともあった。無理だろこれ・・・。パンクし続けていた。それでもなんとかこなした。常に未知の仕事が目の前にあって刺激され続けていたからできたことだと思う。

 

中でも、芸能人の方々のエネルギッシュさには力をもらっていたと思う。女優Nさんには何度叱られたか分からない。

 

二度目にNさんと会ったのは、プロモーションで地方のテレビ局に行ったときだった。Nさんはその劇団のミュージカルに出演する芸能人枠のひとりだったので、再会することは予想できていた。東京から、Nさんとマネージャーさんと3人で行ったのだが、私はNさんのオーラにやられすぎてまともに自己紹介すらできなかった。とりあえず仕事を終え、帰りにデパートで3人で食事をとることに。

 

店に入る前に、マネージャ-さんから耳打ちされる。

「まだちゃんと挨拶してないでしょ?さっきアレ誰って言われたから、一応ちゃんとね(笑)」

 

確かにそうだった。数ヵ月前に会ってはいたが、そのときの私はカフェバーの受付だったわけだし、しっかり挨拶せねば。焦ったけど、「アレ誰」という言葉に内心笑ってしまった。さっきまで一応一緒に仕事してたのに「アレ誰」ですからね。

 

「申し遅れました。私・・・」

 

店に入ってからちゃんと自己紹介すると、Nさんにはこう返された。

 

「あぁ。なんかずっと一緒にいるから誰なんだろうと思ってたわ」

 

私は苦笑いしか出さなかったが、ちょっと吹き出しそうにはなっていた。

 

そしてその直後に、さっそく洗礼を受けた。

 

店を出て空港に向かうときに、Nさんがマネージャーさんにこう言うのだ。

「あれ?わたしのコートは?」

 

「あ!」

マネージャーさん顔面蒼白。Nさん激怒。

 

さっきの店にコートを置き忘れてきたらしい。しかもコートの中にはめちゃくちゃ高いジュエリーが入っていると。

 

全速力で店に引き返すマネージャーさんの後姿を見送りつつ、あーあ、やっちまったなマネージャーさん・・・と思っていると、Nさんがこう言ってくる。

 

「あなたもやることあるでしょ!」

 

冷静ではあるがキレている。

 

私はすぐに携帯を取り出して、さっきの店の電話番号を調べる。焦ってボタン操作を何度も間違えながら、やっと電話番号を見つける。そして電話する。

 

結果的にコートは無事で、マネージャーさんもギリギリセーフで飛行機に間に合った。

 

飛行機の中でマネージャーさんに、あっけらかんとした表情で言われる。

「今回は私も同行しましたけど、次からはたぶん行けないと思うから、Nをよろしくお願いしますね」

 

えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 

 

 

 

つづく