飛ッ石~Hisseki

日常から生まれた筆跡を、飛び石のように置いて歩いていきます。目的地は不明。

アーティストとクリエイターの境界

クリエイターとアーティストの違いは大きい。シンプルに言えば、「クリエイターには依頼主がいて、アーティストにはいない」ということだろう。その限りではないが、基本的にはこれが基準となっているイメージ。

もちろん、アーティストが依頼を受けることもある。しかし、その成果物に対する表現の自由度は、クリエイターとは大きな差があるように思える。
おそらくクライアントは、アーティストに対しては「好きなようにやってください」と言い、クリエイターに対しては「ここをこうしてほしい」と言うのが普通ではないだろうか。

他にも、「クリエイターは問題解決する人で、アーティストは問題提起する人」だという見方もあるようだ。まぁしっくりくる。

つまり、ビジネスという観点からすると、やはり「クリエイター」が重宝がられるだろう。

クラブイベントのフライヤーづくりをきっかけにグラフィックデザイナーへと転身し、その後、独学で様々な表現スキルを身につけ、今では10名を超えるスタッフを抱え事業展開している人物を取材する機会があった。その方はもともとアーティストではないが、10代の頃からストリートカルチャーに触れてきたという。

取材のテーマはまったく別のところにあったが、同じストリートカルチャー出身という意味で、非常に考えさせられることがあった。
ストリートで「アーティスト」として活動する人間が、ビジネスという領域で「クリエイター」として活躍する道はあるのかどうかについて。

HIPHOPというストリートカルチャーを軸に語ると分かりやすいだろう。

まずは「グラフィティライター」。これはクラブイベントのフライヤーのデザインを担当することが多い。必然的にPCのスキルが必要となり、その時点でビジネスとの接点が見出せる。実際に私の友人でも、グラフィティライターからWebデザイナーになった人はいるし、そんな話もよく聞く。

次に「ダンサー」。教育現場でのダンスの授業や、街のダンス教室など、もちろんダンスを仕事にする道はあると思うが、文字通りの肉体派であって、「クリエイター」へと派生するのは難しい気がする。

「DJ」はどうだろうか。これはトラックメイカーとしても活動していくパターンが多いため、楽曲制作のスキルが身につけば道は拓けそうだ。また、昔はアナログレコードを回すのが当たり前だったが、今では「ディスクジョッキー」から「データジョッキー」になっているDJも多いだろう。そういう意味では、これもデジタルとの親和性があり、需要さえあれば「クリエイター」として成立するかもしれない。

そして「ラッパー」。これも非常に難しい。「作詞家」はワンチャンあるかもしれないが。「言葉」と「声」は武器になるとは思うが、それを存分に活かしきるようなクリエイター職はあるんだろうか。

こう考えると、「グラフィティライター」というのは、HIPHOPの4要素のなかでは圧倒的にクリエイターというキャリアへの道が開かれている。逆に言えば、それ以外のアーティストが自分の表現の延長線上にクリエイターとしての道を見出すのは難しいのが現状だと言える。

ただし、道が開かれていたとしても、そこに進むかどうかは別の話だ。
そもそも、自分がアーティストだという意識を持っている人は、とにかくこだわりが強い。絵・ダンス・音・言葉のどの手段を使ったとしても、アーティストとして「内なる想いを表現すること」と、クリエイターとして「誰かが求めるアウトプットをつくる」ことは大きく異なるのだ。

だからこそ、アーティストのポテンシャルがめちゃくちゃ高いと考えている。
ものづくりに対する姿勢やこだわりの強さは、クリエイターにも引けをとらないはずだ。

多くのグラフィティライターはスプレー缶や絵の具の使い方を知っていて、ダンサーはリズムというものを体感し、DJはレコードに針を落とすことから始まり、ラッパーは紙とペンで思考を整理してきた。

つまり、アナログなやり方を心得ているのだ。

なにもかもがデジタルのツールで楽に代用できる時代に、アナログなノウハウやセンスの基盤があるのは、ものづくりの世界で弱いわけがない。

Web上のコンテンツをいかに魅力的に見せるかという競争は激化している。企業のプロモーションでもブランディングにおいても、とにかくインパクトが求められているはずだ。

今まさにビジネスでもトレンドになっている「映像」を制作する際に、例えばタイポグラフィをグラフィライターが担当、モデルの演出をダンサーが担当、音楽をDJが担当、セリフをラッパーが担当したら、単純に面白いものができそうだ。
もちろん、ひっちゃかめっちゃかにならないように調和をもたらすプロデューサーやディレクターの存在は不可欠だが。

先述したとおり、特にHIPHOPのアーティストはアナログを重んじる人が多く、デジタル表現には疎いかもしれない。だが、そんなものはいくらでも技術で補える時代だ。デジタルへのインプットはどんどん簡単になっていくはず。

ビジネス感みたいなものがサポートされれば、クリエイターだけではなく、アーティストもビジネスの領域でもっと活躍できると思う。

ディレクターがクリエイターの気持ちを理解しながら制作を進めるのはそんなに容易ではないと聞くが、その相手がアーティストならもっともっと難しいと思う。アーティスト側の柔軟な姿勢や態度も問われる。
でも、互いにその壁を壊してビジネスの現場でアーティストを起用する人が増えたら、世の中はもっと色鮮やかになっていくんじゃないだろうか。

ここで言うアーティストとは、広く世間に知れ渡っているアーティストだけを指しているわけではない。むしろ、アンダーグラウンドとかセミプロみたいな人たちのことを言っている。
知名度の高いアーティストを起用すればそれだけでメリットはある。そうではなくて、多くのクリエイターの名前が制作物の裏に隠れているのと同じように、無名のアーティストたちが制作に関わるという話だ。そういうチャンスが増えていけば、アートもクリエイティブも活性化されるに違いない。